とうもろこし

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岐阜の叔父から届いたとうもろこしがとても美味しかった。昔はあまり好きではなかったとうもろこしだけど、蕎麦同様しみじみ美味しいなぁと思う。味覚というのは少しずつ変わっていくのだなぁ。でもまだとんかつはロースが好きだ!

母の目がいよいよ悪くなっているようで、近くの時計さえも見えなくなってきたそうだ。自分ではメガネをかけたり外したりするのが大変だからいらないと言っていたが訪問リハビリの先生に聞いてみたところ麻痺の人でも自分でかけたり外したりしているそうである。「メガネ作ろうか?」「うーん。考えとく」というので保留。

母デー

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母の介護認定のための主治医受診のため病院へ行った。あまり待たされることもなく良かった。銀行や郵便局へ行って所用を済ませた後、蒸し暑いので今年初のスイカを買いに行った。スイカは母の好物なのだがこのところお腹の調子が悪いので食べたくないというので買わなかったのだが出してみたらぺろっと大きめの一片を食べていた。私よりもずっと視力が良かった母だが、ここ数ヶ月で足元も見えなくなってきたそうだ。それでさらに歩くのがおぼつかなくなっている。目は1mほど先の時計の文字盤も読めないという。ここ1月蓋つきの食欲減退と関係あるだろうか?白く濁っている?と聞くとそれはないそうだから白内障ではなだろう。メガネを作ろうか?と聞いても自分では麻痺で左手が使えないから自分で好きな時にかけたり外したりできないからいらないという。以前なら使わなくてもメガネを作りに行くところだけれど、母がいらないというならそれでいいかとなった。母の居室のテレビを少し前にしてテレビを快適に見られるように、それから新しく小さなキャスターつきの小物置き台を買ってそこに時計と温度計を移して時間がすぐわかるようにした。母の部屋には私が外出した時に見えるカメラを置いているのだけれど(大きく動きがあると通知してくれる。声も拾える)それが壊れたので新しいのを買ったらそれには温度もお知らせしてくれる機能が付いていた。時々エアコンを止めて締め切った暑い部屋に長時間いることがあるので大歓迎の新機能だと思った。

母のあれこれをするので仕事はおやすみだったので頂いた野菜で作り置き。

枝豆ガーリック、胡瓜の酢漬け、プチトマトの出汁付け

 

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岐阜

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従兄弟の結婚式のため岐阜へ。せっかくだから鵜飼を見たいという家人の希望があったので前日に岐阜に行って鵜飼を見て泊まろうということになった。その間可哀想だけど母はショートステイにお願いすることにした。本当はその間母を姉に頼みたいところだけれど去年義理父の葬儀で家を離れなければならない時相談したケアマネさんが言うには介護に慣れないご兄弟ご姉妹などに預けると慣れない家、慣れない家族で転倒事故などが起きやすいと言われたので今回もやはりプロにお願いすることにした。13年の介護で二度目の外泊だ。しかも今度は前回とは違い遊びに行く目的もあるので母には申し訳ない罪悪感でいっぱいだった。ごめん。母よ。でもここ1月母との周波が合わず私はずっとイライラしていた。正直母を恨むことも多々あったので少し離れたいと正直思っていた。従兄弟の結婚式で久しぶりに会う義母は母と同じ年でまだまだ元気で美しくなんでもシャキシャキとこなし最初は羨ましく思ったけれど、そのうち小さくしぼんで白髪だらけの母を思い切なくなった。今日からまた心を入れ替えて母に優しくしよう。(と思ってはいるけれどどうだろうか・・・)

鵜飼は家人の希望だったけれど、夏の川の舟は涼しいいい風とともゆるゆると進み気持ち良く、鵜飼も松明が川面に映り火の粉が飛び、鵜の羽音や声水音などが響き迫力満点で楽しい思いがけず2時間だった。実は全然期待していなかった。宿泊したのは十八楼という長良川沿いにある旅館でネットの口コミで高評価だったので予約したのだけれどこちらも料理もお風呂もサービスも良く楽しむことができた。ご褒美と言うと気恥ずかしいがご褒美をもらった楽しい2日間だった。

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止まったお部屋。長良川がいい感じでした。

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結婚式が午後からだったので、午前中は近くの岐阜城へ。

低空

3時に目が覚めたらまた眠れなくなってしまった。床の拭き掃除をして疲れてみたけど眠くならないので起きていよう。明日はお休みだし。あ、もう今日か。

今週もまた低空飛行だった。夕方コンビニに買い物に行ったら家に帰りたくなくて泣けてきて、滅多に人の通らない歩道橋の上で1時間ほど車の往来を見ながら気持ちを落ち着かせた。誰かのせいでもなくどうすることもできないのだから自分が何とかこなすしかないのだから。

食べなければ、食べていれば大丈夫と友達にもらったお洒落な調味料でウキウキするようなご飯を作った。

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まだまだ大丈夫だ。うんうん。

昨日の病院

あまり雨がひどい時には行きたくないなぁと思いダメ元で病院に相談の電話したら、どうぞどうぞ雨がひどくない時にいらしてくださいね。と優しく言ってもらえたので予約の時間よりも1時間半も早く出発した。雨避けできる駐車場がない病院なので車椅子も母も多少濡れてしまったけれど大粒の雨の時間は避けられて良かった。

帰ってきてからたっぷり時間があったので母のベッドサイドに置く小さいワゴンを組み立てた。通販で注文して届いていたのだけれどなんとなく放置してあったのだ。ここ1,2週間家の中で杖を使っても何度か歩けなくなって、同じところに何分も立って一歩が踏み出せないでいることがあって、いよいよ家の中の短い数歩の歩行も危ない感じなので私が不在の時はベッドの周りで全てが出来るように準備しているのだがどうなのだろう。「あなたが仕事でいない時はお母さんを一人で置いているの?」と脳外科のドクタに尋ねられて「週3日は私が仕事に出ている間一人で家にいます。」と答えたら「そう。。。」という返答だった。きっとダメ出しの「そう」なのだろうけれど、その後の「。。。」はでもそれも仕方ないかなの領域かな? きっと後々後悔することがたくさんある母との生活だけど、それでも続けてやれると思っているところまではやるけれど、このバランスは無理だということまではもうできない。ごめん。母よ。

大雨注意報

母の脳外科検診日。大雨注意報が出てるけど、仕事もお休みを取ったので行くしかないか。

ここ数日母との関係が悪くて、優しくなれない。特に何かがあったわけではなくてただただ私自身の問題なんだけど、自分でもどうにもならなくて嫌になる。何か思っても一旦それを口にしてしまうと呪いのようにそれが固定されてしまうから言わないようにしているけれどそうするとそれが塵のように降り積もってどこかに詰まって苦しくなってしまうような感じなのだろうか?というようないつもの分析をして「なんてことなさ」と逃げようと思っているのがこれがうまくいかない時がある。解決策はないので時が経って私の何かが変わる(落ち着く)のを待つしかない。でも心の中は大雨注意報だ。時々疲れて母の汚れ物などを片付けている時に「はぁ」という態度になると母はそれを敏感に察知してものすごく不機嫌になる。きっと「もう世話をしてもらえないかも」という不安が母を襲っているに違いない。天下の宝刀「今日まで一度も言わなかったが、私は女で一つで苦労してあんた達を育ててきたのに(その態度は)なんなんだ。」と言い出す。母の中では一度も放ったことはないようだが、こちらは今日まで10回以上は聞いているのだがと思うがそれを言ったらまたさらに不機嫌になるので口には出さない。そう言った類の事だ。体が疲れてない時は心も凹まないことも分かっているから、こうして凹んでいるということは今私の体力は不足なんだろうな。ともかくせっかく半世紀も生きてるんだから知恵を振り絞って今回もやり過ごそう。(乗り越えようとは思わないしできない。)

凹凸

一度着たら柔らかい素材と襟ぐりの開き具合が気に入ったらしく、今日もこれ!と連続して母の日のプレゼントを着てくれている。久々の大ヒットだ(ここ数年は惨敗だった)。友人Bちゃんが教えてくれたお店で買ったのだが来年も同じお店で買うとしよう。ありがとう! ^^ デイサービスでもスタッフやお友達に「素敵ね!」「似合ってるわ!」とか褒められたらしくそれが気に入った一番の理由かもしれない。

しかし、ここのところまた排尿コントロールがうまくいっていない。朝母のシーツやら寝間着やらを大量洗濯しているので梅雨入りは悲しい。今日は晴れ間が出ているけど夕方から崩れるらしいがともかく干して外出しよう。寝ている間の尿量の事など本人の意思ではどうにもならないのだからと言っても酷く落ちこんでいる朝もある。今朝などは「もうこれから水分取らない!」とか言い出し、まぁこれまで何度も同じことを言っていて、都度水分の必要性をしているがもう一回してあとはまた様子を見ていくしかないなぁと思う。一気にガーと説明しても本人にとっては納得いかないことがあることを私が理解した(ようやく)。なんで理解してくれないの?とイライラすることもあるけれど、仕方ないなぁとスルっとできる時もある。凹凸凹凸の繰り返し。凹凹がずっと続けばいいけれど凸凸続きになるよりは凹凸でいいか。

ピンク色の研究

日曜日の朝はHちゃんと珈琲を飲みに行った。珈琲好きの彼女はやはり珈琲情報に詳しく私が教えようとした地元の新しい珈琲屋さん(テイクアウト店やスタンド店を含めて)は大体知っていた。^^ コナンに付き合ってくれた彼女はやはり推理物ドラマや映画、本が好きでBBCのシャーロックの漫画本(英語)も買ったよと持ってきてくれた。「ピンク色の研究」(緋色の研究をアレンジしたもの)これを読むとドラマでは見逃したあれこれが「あ。そうだったのか」と分かるというので楽しみである。これは職場で昼休みに読むことにした。じわりじわりと読もうと思う。早速今日お昼休みに読み始めていたら職場の私の半分ほどの年齢の女の子が「BBCのシャーロック、私もシーズン2まで見ていますよ!」というので「あ、じゃあ。シャーロック死んじゃったとこまで?」「そうなんですよ!」と盛り上がって嬉しかった。

今朝は嬉しいことがもう一個あって、母がデイサービスに行くのに「あれを着る」というので「あれ」とは?と思ったら私が母の日に贈った洋服だった。あれから1月経つので今年も来てもらえずか。と半ば諦めていたので嬉しかった。正直に言うとめっちゃ嬉しかった!ので思わずパチリした。今日で最後かもしれないし。そしてとてもよく似合っていると褒めたたえるのも忘れずにしておいた。^^来年も懲りずに母が似合うピンク色の洋服をプレゼントしよ。

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食べる!

金曜日にアプリは予想通り一回目リジェクトされた。通報システムが不足していと審査が以前よりまた厳しくなった。その部分の機能を追加して月曜日に再申請しようということなった。

今日は土曜日なので姉と産直へ行き、コメダ珈琲でボリューミーな朝ごはんを食べてお互いの家庭の報告(母の不整脈とか、甥っ子たちの学校生活とか)をしている時に姉が「そういえばブルーベリーのパン屋さんがオープンしたんだって!」というので早速帰りに寄ってみた。

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種類が豊富でお菓子もポニョも扱っていたので嬉しいな。これからは時々利用しそうな気がする。カレーパンや塩パンが美味しいらしいけれど残念ながら売り切れていた。^^

家に帰って産直で買った今朝採ったというトウモロコシを蒸して昼食にしたら、母が「美味しい。美味しいね。」と喜んでいた。母が喜んで完食すると「よし!(勝)」という気分になる。逆に嫌な顔をして食べてくれないと凹む。こういうのに左右されないようになりたいのだけれど。朝Bちゃんにもらったフルーツグラノーラを入れて焼いたパウンドケーキも喜んで食べてくれたから今日は良い日だ。

夜はこれまた産直で買った野菜をたっぷり入れたカレーを作った。姉からスパイスカレーの素をもらって作ったかなり本格的な香りと味のするカレーになって美味しいのだけれどとにかく辛い!

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食べきれるだろうかと思ったら、家人がうまいうまいと汗を拭きながらたくさん食べてくれた。とはいえ家人はいつもお腹が空いてる人なので比較的どんなものを出しても「うまいうまいなー」と食べてくれるのだ。煮込んでいる間のグツグツした時味見をしたらすごく辛く感じたカレーも少し温度が下がったら辛いけれど旨味が後を引く美味しさになって私もお代わりするくらい食べられた!

 

お弁当生活も続行中である。美味しく食べることは楽しく生きることである。ん?

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不整脈

母のペースメーカーのチェックの待ち時間は短かったがペースメーカーのチェックにはいつもよりだいぶ時間がかかり、係の人が言うには時々不整脈が出ているそうだ。訪問リハビリの先生にもリハビリの前や後に脈をとると時々脈が不整なので、その時はちょっと気をつけてリハビリをやってくれている。でもペースメーカーをチェックした後のドクターの受診では「まぁいいでしょう。次は12月にまた確認してみましょうね。」ということになった。

旧友デー

昨日は母を医療センターに連れて行くため家の階段を降りていたら、ご近所のOさんが私たちを見かけたようで通りの向こうからかけよってきた。Oさんは我が家で母が店をやっていた時に長年手伝いに来てくれていた人で母が病気になった時もすごく助けてくれて今も野菜や魚を分けてもらったり、御節を渡したりする間柄である。私は今も何かにつけちょこちょこ話をしているが、母は直接会うのは2年ぶりくらいらしい。二人で「久しぶりじゃないの。変わらないねー」「あんたもいつまでも若いねー」と言い合いながらキャッキャしていた。

その後、医療センターについて、入り口で車椅子に母が移る手伝いをしていたら私の車の前に一台のタクシーが止まった。中から女性が降りてきて、続いて男性が降りてきたのだが、女性の方に見覚えがあるなと思ったら、母が長年勤めた職場で仲良しにしていて辞めた後もずっと仲良く年に何度も旅行に行ったり食事に行ったりしていたTさんであった。Tさんは母よりも5つ上で足が悪くなったためこの数年は直接会うこともなくなったが母はいつもTさん元気かなぁと心配していた。「Tさん!」と声をかけるとTさんも母もものすごく驚いて、また「元気そうじゃない」「Uさんはちょっと太ったね。元気そうでよかった」と再会を喜んでいた。

病院から帰る時母が

「今日は不思議な日だ。二人も会いたい人に会えた。」

と言うので「良かったね」というと珍しく素直に「うん。嬉しかった。」と言っていた。ああ、本当に嬉しかったのだろうな。

ポイ

母の食卓にはティッシュや小さなお菓子のピニールやらをすぐポイと捨てられるように小さなゴミ箱のようなものが置いてあるのだけれど、母はもう自分が嫌いな食べものがお皿に乗っているとそれもポイと捨てている。嫌いなものが目の前にあるのが嫌なようである^^  母は子供ではないので好き嫌いを言ってはいけません!とする必要もないので、母が嫌いな食べ物は出さないようにしているので基本嫌いな食べ物は出てないはずなのだけれどある日突然昨日までは好きだったものが「これが嫌いになった」となりポイとされてしまうのだ。もともとすごく好き嫌いが多い人なのでますます食べられるののが少なくなってきた。もともと嫌いなものは、人参、ナス、トマト、きゅうり、セロリ、ピーマン、小松菜、漬物全般、ツナ、それらが少しでも触った食べ物も食べられない。それに加わっていったのが干物、カレー、焼きそばやほうれん草、ブロッコリー、アスパラ、オクラ、おからとかを使ったものだろうか。最近はあまりにも見ただけでポイポイ捨てているので、「なんで捨てちゃうの?!(以前は好きだったでしょ。それ?という意味)」と聞いたら「あんたが捨てるようなものを私に出すからだよ!(怒)」と返してきた。^^ ぎゃ!うむぅ。そうきたか。

しかし年をとるとそんなに味覚が変わるのかな。体も思うように動かなくて、食べられるものも少なくなっていて、年をとるってこんなに辛いんだなというのを目の前劇場で毎日見せられている感じである。

そういえば先週は母の脳外科に薬を取りに行く日があって、ついでに少し前に私が毎日打つパスワードを突然綺麗さっぱり忘れてしまった不安をドクターに相談してみようと思っていたのだけれど、いつもは薬を取りに行く日でもドクターの診察室に呼ばれて母の状態などを話し、それに対しドクターが紙にアドバイスを書いてくれ「じゃあこれをお母さんに渡してね」となるのだがどうも忙しかったようで診察室に呼ばれもしなかった^^ そんなに心配しなくても大丈夫という神のお告げだろう。(そうか?)

今日は母の皮膚科の受診なのでもう少ししたら医療センターへ行く。そして来週は心臓外科の受診だ。やっぱり年を取るって大変だ。

土曜日

母の整形外科の定期受診。めちゃ混み。2時間待ちコースで母ぐったり。今日は初めて副院長さんが診察してくれたのだけど、テンション高い明るいドクターで母に色々話しかけたりお上手を言ってくれて母もブーブー文句を言っていたのに思わず笑ってしまうくらいで待ち時間が長かったことが少し緩和されたようだ。

午後は以前長い間一緒に仕事をしていた人と久しぶりに会いお茶をした。仕事で色々野望があるようで何よりだ。

GW(6)

旗日でない日は仕事に行っているのでもうGWという気がしなけれど、家人によると「あんたはまだGWでいいなぁ」とのことなのでGWの最後の週末。姉と産直へ行き、友人とランチをし母の日の買い物に付き合ってもらった。着てくれるかどうかわからないけど明るい色のトップスを2枚。母はピンクが似合うと私が勝手に思っているので両方ともピンク色系統にしてしまった。どちらか一枚でもヒットしますように。

ランチはこれ。プレートに盛りだくさん乗っていて満足。

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家に帰ると姉が来ていて、母の日だから思い立ってケーキを買ってきたんだよと言う。でも母はベッドにいて姉一人でケーキを食べていた。^^ そういえばアンタがいない間隣の家のO塚さんが来て、委任状をくださいって言っていたよと言う。O塚さんは今年のうちの組の組長さんである。組長委任状も、町費も今年はお知らせを直接受けとってなかったのですっかり忘れてたのだけど、O塚さんが組長さんということは回覧板で回したのを私が見落としたのだろうと慌ててO塚さん家に行くとやっぱりそのようだった。委任状の余分(多分私が取ってなかったからだと思う)があったからそれに書いたらいいよということで、印鑑とペンも持参したので、それで玄関先で書かせてもらって町費も払えた。委任状と町費は年度の組長になった人が挨拶がてら訪問してお知らせしてくれるので油断していた。母と同じ年だという大塚さんは若々しくて元気で母がこうだったらなぁと思ってしまった。

夕飯は鉄板焼きをリクエストされていたので、魚介とお肉を焼き、最後に家人がお好みやきとオムそばを焼いてくれた。すごく綺麗に焼けたのでパチリ。

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GW(5)

2日間で友人たちと続けて会ったので今日は1日家に引きこもる。朝一で産直へ行った後は加湿器を片付けたり、床を水拭きしたり、海外ドラマを見たり、お昼寝したりしていたらもう夕方だ。それにしても暑い。もう半袖でもいいくらい。洗濯物がよく乾いた。母に頼まれて親戚等に送った新茶が届いたようで、大分と岐阜から電話が来た。新潟からは従兄弟の代になってから新茶を送っても届いたよと連絡が来ないけれど、秋に新米が届くのでその時お礼の電話をして近況確認をするようになった。

コバートアフェアシーズン5を見終わった。このドラマはちゃんと終わったよ。アニーとオギーは別々な人を選んだけれど、それぞれ自分の今後をどうするかちゃんと考えたいい終わり方だったな(うんうん)。

夕方名古屋に行っていた姉一家がお土産の手羽先を届けてくれた。後でこれをビールでいただこう。

 

GW(3)

昨日甥っ子2 号にコナンを見に行こうよ!と誘ってみたが、友達と一緒に行く約束をしたと振られてしまった。姉に笑われた。チェ。^^  土曜日だったので姉と朝から産直、コメダ、パン屋の通常ルートを回り買い出し、朝食を済ませた。帰ってからおからを炊いて、シーツを洗って布団を干した。腰は相変わらずいまいち。かがむと痛いけれど家事をやるのには支障がないから良いとしよう。家人は仕事デーだったけれど夕方早めに帰ってきて、夕日の頃ベランダビールをしていた。ベランダから「おーい、空、空、見てみろよ!」と声をかけられベランダに出てみると、8つほどの流れ星みたいな夕日に赤く反射した星を先頭にした弧線があって、うわ、隕石みたい?と思ったら、同じ方向に向かう飛行機でちょっと不思議な風景だったが、そうか熊本、大分に向かっているのかなということになった。夕日がピークの時は本当に燃えた隕石が落ちているように見えた。突然家人が「BBQするか!」と言い出し、言うや否いや台所に行き炭をおこし始め、産直で買ってきた野菜と冷蔵庫にあった肉でプチBBQ。最後に炭焼きピザが食べたいというのでなんちゃって生地を作り、なんちゃってトマトソースも作りピザで閉めた。ピザというよりナンのような生地に成ってしまったが熱々で生地もサクサクで美味しかった。^^

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余った炭をしまった炭壺にジャガイモと卵を入れたので、それらは明日のお楽しみ。ジャガイモはまた芋フライをリクエストされたのでそれに。卵は普通の茹で卵なのだけど炭で作ったものはなんとなく美味しいそうだ。(私はよくわからないけど)

今朝は早起きして先週に引き続いてこの時期わさわさ成長する家の周りの雑草取り。あれ、GWの方が平時より働いている気がするな。

藤棚

HちゃんからLineが来てYさん宅の藤棚が全てなくなっているんだって。というびっくりニュースを知った。Yさんは個人で自宅に立派な藤棚を持っていたのだけどあまりに美しいので毎年たくさんの人が鑑賞に来てちょっとした地元の観光スポットになっていたのだ。かくいう私たちもそれを知ってからここ数年毎年その素晴らしい藤棚を見に行っていた。Yさんが作る竹細工の花瓶やお菓子入れなども販売していてそれを見て気に入ったものを買うのも楽しみだった。もちろんGW前の今頃が見頃なので今年もどこかでぶらりと行く予定であったのに残念。家人に聞いてみると多分もう高齢で維持が大変だからそろそろ止めるようなことを去年の時点で聞いていたそうである。あの藤を維持するのはご苦労が多かったであろう。たくさんの人が期待していたからなおさらだったにちがいない。藤棚は変わらず毎年あるものとばかり思っていた。やはりずっと同じなんて存在しないのだなぁと諸行無常を寂しく感じるのであった。

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今まで楽しませてくれてありがとう。

昨日は母のディサービスの日であった。最近利用者さんが少なくなってその中で母と仲良しのNさんも入っているらしい。Nさんは近所に住む既婚の娘さんが通い介護になっているそうで、その娘さんが常に「お母さんはいてくれるだけでいいの」と言っているんだってと母が羨ましそうに話した方である。しかし最近その娘さんが「疲れてしまった」と言い出しNさんはちょこちょこ別の事業所のショートスティに行くために母のディサービスに姿を見せなくなったそうだ。(母の通うディサービスの事業所はショートステイをやっていないので)母はそのことが不満そうで。「酷いと思わない?」と言う。「酷いよ」と言って欲しいのは明らかなのだけど、私はそれも言えなかった。「娘さんの大変さが私にはわかるよ」と言うとそれはそれで母を傷つけてしまう。結局「うーん。そうか。」と言っただけになったのだが、それも母を結局傷つけたようだ。

今週

もう今日は木曜日だ。毎日アッと言う間に終わってしまう。

月曜日の母のディサービスの時に新品の靴のファスナーを上げたら母の足の甲が高くてなかなか上がらずエイッと上げたらなんとファスナーの持ち手の部分がブチっと切れた(泣)。品物の作りが悪いのかはたまた私が怪力なのか、どちらにしても新品なのでとてもショックだった。火曜日は母の脳外科定期検診でいつもは午前中なのだけどドクターの都合で初めて午後3時30半受診であった。病院に行く道が電線工事のため片側通行になっていて混んでいた。CTを取る日だったのだけど、前回と変わらずでOKですよとのこと。新しい梗塞ができてなくて安心した。母はドクターに「最近おしっこがたくさん出るんですが!」と訴えたのだけど「それは老人になるとみんなそうですよ。」と言われていた。母は何か病名をつけてもらいたいらしいのだけど。^^

職場の前の神社に併設されている商業施設群で最近撮影が多い。春だからかな。

平和

家人の健康診断の再検査の結果が戻ってきた。まだ少し高いけれど中性脂肪値は大幅改善して前回の1/3ほどの値になっていた。再検査があるからと日頃の食事を多少気にするようにして、炭水化物をだいぶ控えた成果があってとりあえず良かった。 母も昨日の「最悪だ」状態から1日経ったらなんだかそんなことあったっけという風情である。やれやれ。^^ 機嫌が治ったならよしとしよう。私の風邪も声がかすれる程度になってきた。家の中に体調や機嫌が悪い人がいないことはありがたいことだと思う。

最近のお弁当。だんだんご飯の上におかずがはみ出てきた。^^うなぎは家人がお客さんのところのを買ってきてくれたので半分お弁当用に取っておいた。だいたい前日の夕飯のおかずをお弁当用に取っておいたもの+朝の気分で何か作って入れるパターン

 

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願ったこと

「私、大変な病気になってしまった。」

と朝「おはよう」の返事に母が言う。「???なんで」いつもと変わりはないようなので問うと、「おしっこが出すぎている」と「こんなに出るのはおかしい。何か変な病気になってしまったんだ。最悪だ。死にたい。」という。昨日は元気だった。ご飯もおやつもたくさん食べて、テレビを見てあははと笑っていた。母がリハビリパンツになってからもう1年以上は経つ。自分ではわからないうちに出てしまっていることが多くなり、リハパン+だんだんと段階的に大きめの尿取りパッドも使うようになった。そのパッドは毎朝私が片付けているので毎晩の尿量は把握していると思うのだけど、今朝取り立てて多いというほどのこともなかった。デイサービスの日の翌朝は通常よりも多いのだが、それは多分ディサービスで水分を沢山取らせているのだろうから正しい排出量だと思う。「病気じゃないから大丈夫だよ。普段と同じだよ。」と言っても聞き入れず「最悪だ。死にたい。」を繰り返すばかり….。一度こうだと思い込ので「私は病気だ」と[決める]と私の言葉はもう届かない。以前も突然「大腸ガンになった、もうすぐ死ぬんだ。最悪だ。」と思いこんで1年くらいそんな感じだったが同じ感じだろうか。その時は泌尿器科で診てもらって内視鏡で大腸検査をして「胃も腸もすごく綺麗ですよ」とドクターに直接言われてようやく収まった。(便通の薬をこっそりゴミ箱に捨てていて飲まずにいたので便秘気味だっただけの話であった)。

最悪だ。死にたい。

この言葉をこの13年聞き続けている。。。死にたいのに、病気になったのが最悪なのか、ツッコミどころなのだが、もうそれをチャカして面白がって盛り上がる関係でもないのが哀しい。

母が病気になった時に「母が死ぬ時、私も死ぬ、でいいのでその分私の寿命を母にあげてください」と病院の駐車場で号泣しながら神様とか仏様とか、そんな方々に願ったのだが、13年目になるとそれが叶えてもらったとしてももう母にとって良かったのかどうかはわからない。

Game Of Thrones

リベンジ最終話とHerosRebornのシーズン1を見終わったのでしばし海外ドラマお休み中だったのだけど、Game Of Thronesを見始めた。wikiを見たら少なくともシーズン8までは製作予定があるらしく、現在はシーズン6まで公開されているようだ。まぁぼちぼちと見ることにしよう。登場人物全員覚えられるかな。それにしても映像が素晴らしい。

義母が山に戻ったので電話をしてみた。山で一人暮らしは心配だったのだけど、近所にある叔父の家でしばらく暮らすそうで安心した。隣街に5ヶ月もいたのに結局義祖母の法事の時に一度会っただけだった。結局距離ではないのだよなと思う。会いに行く時間もあったし、場所だって本気になれば分かったけれど、義母は義兄一家と暮らしていたので私一人でこちらからグイグイと会いに行くのはどうかと思ってしまっているうちに時間が経ってしまった。家人が一緒に行ってくれればいいのだが家人には行く気は全くなくて、義母もそれはわかっていて「いいのよ。あの人は。でもあなたには会いたかったわねー。残念。」と言ってくれたが、本当は逆の気持ちだろう。

暴風一過

昨夜は凄い雨風だった。で、今日は台風一過のように晴れて暑い。朝だというのにもう23度もある。暑い。まだ冬のセーターをしまっていないというのに今日は何を着たらいいのだろうかと悩む。風邪はかなり良くはなったが鼻水と咳は軽く残っているのであまり油断して薄着はしたくない。

職場に行ったら神社の桜はまだ満開だったが昨夜の暴風雨で花びらが散って道が桜の絨毯のようになっているところをたくさん見かけた。綺麗だった。母を連れてきてあげようと思ったのだが本人が急に「やっぱり行きたくない」と言い出したのでまた来年チャレンジとなりそうだ。何があるか分からないから来年とかにすると後悔するのかもしれないけれど、無理して連れて行ってもそれはそれで嫌な思いを双方するので。母のこの突然「やっぱり行かない、やりたくなかった、本当は嫌だった」という言葉にはこの10年結構振り回されていて、時々は私をものすごく落胆させた。いろいろ根回しして、調整してもらってさあいよいよという時にこの「爆弾」が来るのでそれまでの各方面へお願いした調整が無駄になってしまい、あわてて関係者に頭を下げることになるのだ。今週桜以外にもそういうことがあってそれは結構私を凹ませた。本人は本能のままに悪気はなく口にする言葉だから怒るわけにもいかないというか、怒っても説明しても意味がよくわからないみたいで「ぽかん」としてこの人は何を言っているのかしら?という顔をされてしまうのだ。今でもまだ慣れない。私の知っていた母はもういないのだということだけがただそこにある。

 

音楽会

甥っ子1号が所属している吹奏楽部の年に一度の定期演奏会へ母を連れて行ってきた。甥っ子は金管楽器Tubaという楽器を担当しているのが、それ以外にもJazzの部ではピアノを弾き、ホルン独奏のピアノ伴奏もし、popsの部では狼に紛争して登場したり、客席に降りて飴を配ったりとなかなかの活躍で、孫が出てくる度に母は嬉しそうにしていた。

それにしても吹奏楽部の演奏は本当に素晴らしくて、みんな生き生きと楽しそうに演奏していて、甥っ子は土日も部活部活部活!で最近はほとんど顔を合わせることがなかったが充実した高校生活を送っているのがわかり嬉しかった。

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友人たちの子供も今だいたい中学生や高校生で、それぞれいろんなことに夢中になっていると聞く。聞く度、いいねーキラキラしているねーと思う。もう自分にはそういう時は過ぎてしまったから、羨ましいなと思ったり、でもまた学生になってやりおしたいかと尋ねられたらノーである。それはやっぱり1度目だからいいという気がするのだ。

凹む

10か月くらい前にしてしまっていたけど気づいてなかった仕事でのミスが今頃大きくなって帰ってきて直撃。他の人にも迷惑をかけてちょっと凹み中。その時ちゃんと消さないとこういうことが起こるって分かって気をつけていたのに、何故消して(消えて)なかったのだろうか…。仕事のミスは加齢ってやだわ〜では済まされない。と自分に怒りすら覚える。うー。ともかく皆さんのフォローでなんとか片付けてもらって助かりました。このこと(失敗への怒りとフォローへの感謝)は忘れてはならないと自分の再度刻印。

カニのお礼の電話を姉にして「で甥っ子の演奏はどうだったの?」と再度尋ねたら「あ〜」とテンションが落ちる返事。もうレベルが違いすぎて驚いたそう。やはり上の大会に出る人の演奏や音は県大会とは全然違っていたそうで、本人たちもびっくりして凹んだんじゃないかな?なんだそう。そういう違いを知っただけでも青春だね!行ってよかったね!と無責任に母と叔母は語るのであった。

 

福井気分

甥っ子1号の吹奏楽の大会関係で姉一家が福井に行っていたので「カニをよろしく」とお願いしておいた。そのカニが届き日曜日の夕食はカニと贅沢をした。越前ガニは殻も硬くなく剥きやすくて、身も繊細でみずみずしくてとても美味しかった。通販で買うこともできるけど、せっかく身内が旅行に行っているのでそこから送ってもらうとなんか何割か増しに美味しい気がするというと家人は「ふうんそんなもんかなー」言いながらもカニをおいしそうに何本もばくばくと食べていた。母はカニが届いた時はわぁ〜と嬉しそうだったが私が剥いて食べやすくしたカニ足をほんの3,4本食べて「もうカニはいいわ」と保険で揚げておいたポテトコロッケばかりを食べていた。昔母はカニが大好きだったけれど、「本当はあんまりカニは好きじゃない」と言い出すほどである。自分で剥けないとライブ感がなくてありがたみがないのかもしれない。

そういえば甥っ子1号の演奏はどのようだったのか聞いてみたがなぜかそれには返信がなく「福井は路面電車が通ってたよ!」とか福井不思議発見旅行楽しんでる写真が届いた^^ 私もどちらかというとカニカニ言って甥っ子の演奏という本来の福井での用事を忘れてた、ごめん甥っ子よ。

路面電車

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越前カニ。

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栄養状態

仕事が終わった後隣町の脳外科に母の薬を取りに行った。「次回は娘さんが薬を取りに来てくれればいいですよ」ということが数ヶ月に一度ある。血液検査の結果はとても良いそうで、母は栄養状態も、肝臓もコレステロール値や中性脂肪値も血糖も正常で、少し貧血が出ているけど栄養状態がいいからこれくらいならいいでしょう。ということだった。大好きな甘いものをたくさん食べさせていたけれど中性脂肪値が心配だったけれど80だったので今後もあまり気にせず好きなものをたくさん食べてもらいたい。

母の戦利品のイチゴをお弁当デザートに持って行った。

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お弁当本体は前の日の夕飯の残りものを詰めた。

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お墓参り

姉とお墓参りに行った。以前は甥っ子2号がお寺さんがくれるお菓子を目当てについてきたものだが今日も友達とどこかに遊びに行ったという。それでも去年末くらいまでは時々買い物にもついてきたけれど今年に入ったらピタっと来なくなった気がする。寂しいけれど中学生になるとそういうものらしい。小雨の中ご先祖さまのお墓の掃除をして雑草を取り、花と線香をあげ母の安定をお願いした。それから次は隣街のペットのお墓も併設しているお寺へ向かい、竜のお墓参りにも行った。竜の写真は今も大きくして家中に何箇所にも飾ってあり、その中の一つに毎朝お水をあげて話しかけている。そのせいか母と私は今も結構な頻度で竜が出てくる夢を見る。母は必ず「昨日竜ちゃんが夢に来たよ」というので、ああ、母の夢にも登場しているのだなと知っているのだ。私もちょこちょこ竜の夢を見るのだが、なんとなくそれは遠慮して言いそびれてしまう。竜は母の猫だからと心のどこかで思っているのだろう。そんなことで竜の気配は今も家の中に常にあって「私はここにはいません〜」の歌ではないが、このお寺にはいないと思うが骨はここの敷地に撒かれているのでなんとなく近くを通るときなど時々ここに来てしまう。また猫と一緒に暮らす生活を思い浮かべてワクワクするのだけれどもちろんそれは竜ではないのだよなとふと思うと一気にテンションが下がるのだ。もしかしたら私が暮らす猫は結局竜だけになるかもしれない。

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家に帰り、パウンドケーキを焼き、ロールキャベツを巻いた。前回あっという間になくなったので今回は倍増してみたので来週はロールキャベツウィークになるかも。^^

ご飯

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おにぎらずのサイズがだんだん大きくなっているがいいのだろうか。^^ 美味しいからいいか。これは角煮と玉子のおにぎらず。もうちょっとご飯を増やしたかったけど海苔が回らないと困るので断念。^^ ネット上にある綺麗なおにぎらずは私のよりボリューミーじゃないのかも。

明太マヨネーズと豚の味噌漬けとかも試しました。

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春キャベツが出てきたので今週ロールキャベツにしたら家族から好評だったので、今週も作ろうかなと思う。職場の人は「ロールキャベツって作るの面倒」と言っていたけれど、巻いちゃえばあとは煮込むだけだから美味しいと言ってもらえるなら全然OK。

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イベント

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どこのデイサービスでもそうなのかもしれないけれど、母の利用しているところも毎週いろいろなイベントがある。音楽会だったり、寿司パーティだったり、ファミレスランチだったり。母、先週はちらし寿司のイベントに参加し、今週はフラワーアレンジメント作りに参加した。お土産に頂いた母の作品がこれで可愛い。まだ片付けていない母の大好きなおひなさまの横に飾っている。家にいてもTVを見るくらいしか娯楽がないのでこういうイベントはいいなぁと思う。「楽しそうにやっておられますよ。」と連絡帳を読むとほっこりする。「Y田さんが私がN岡さんと話しているとヤキモチを焼くんだよ」と女子高生のような報告があったりする。来週はイチゴ狩りイベントがあるそうで「いちご、お土産に持ってくるね!」と張り切っていた。^^ 美味しいのを持って帰ってきてね。と頼んだら「わかった」と真剣な顔で答えてくれた。

今日は隣街に行ったので、うなぎ好きの母にうなぎたい焼きを買った。「すごく美味しかった!外側がパリパリしてそれがよかった」そうなので、よかった。また買ってこよう。母は鰻よりも鰻のタレが好きなのでヒットしてるのもあるのかもしれない。

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ハハズ

義母から電話があり、今日病院に行って診てもらったら順調だということで3月末には山に戻るというので驚いた。てっきりこのまま義兄達と一緒に暮らすと思っていたのだ。山に戻るということは一人暮らしになってしまうのだから大丈夫なんだろうかと心配になるが、きっと義兄達の方がもっと心配で山に戻った時のいろいろな対策を考えているだろうからと思い直す。家人に伝えると「ふうん」という感じで、本人がその方がいいならいいんじゃないの?って風情である。山の方が知り合いも多くて、仕事もあって、気楽なのかもしれない。

一緒に住んでいる母は今週末またあれこれ混乱していた。曜日や時間がわからなくて日曜日のお昼近くなのにデイサービスに行かなきゃという気持ちになり私にデイサービスに持っていくものを準備しろと言ったり、昼夜がわからなくなったりだ。「今まだ夜だよ?」と言うと「なんで?」という。「窓の外暗いでしょ?」と言っても???な顔をする。一度「こう」だと思い込むと外から誰かが「こう」と言っても受け入れがたいようだ。時々こういうことがあってでもいつもではないのだから血流が悪くなったりとか気圧の関係なのかなと以前は思って心配して正そうともがいたがもうそういうことが時々あるもんなんだと受け入れられるようになった。