デイサービスに行ったら行ったで楽しく過ごしたようで帰ってきたときはご機嫌が直っていた。^^ 仕事をしている時もどうかなぁとドキドキしていたから安心した。普通の生活のリズムを取り戻せますように。
「優しい心を探す」がここのところのテーマだったけれど「怒らないで生きたい」が加わった。^^ 無理だけど。意識するだけでも違うかな。
通勤時間が増えたので渋滞や信号待ちの時空を見る機会が増えた。
2週間ぶりのデイサービスの日。おはようと声をかけても母は無視。今日はディの日だよ。と言っても無視。どうしたの具合が悪いの?と聞いても無視。明らかに私に怒っている。30分間どうしたの?具合が悪い?と問いかけても私と目を合わせようともしない。救急車を呼ぶべきかと思い始めた頃、ようやく「今日はいけない」というのでどうしたの?と聞くと「昨夜胸が痛かったから」というので、じゃあ今も痛いの?だったら今日はやめて今から病院に行こう!というと突然「ディに行けばいいんでしょ!」と声を荒げた。
。。。ディに行きたくなくて怒ってたんだ。
2週間も家で何もしないでいてめんどくさくなって、それに無理やり行かせる娘に怒っていたんだとわかった。ぐったり。行きたくないなら行きたいないと言って欲しい。仮病はともかく話しかけても無視して睨みつけられるのは嫌だな。結局「行くよ。行けばいいんでしょ!」と言い嫌々の風情でディに行った。ご飯の時も着替えの時も歩くときも靴を履かせるときもずっと私と目を合わせなかった。デイに無理やり行かされていると思っているんだなぁとしみじみわかった。お友達ができて楽しそうにやっていると思う日もあるのだけれど、罪悪感で苦しい。でも家に一人置いておくのも心配だから止めることもできないし。ため息。
視力は無事に出て本当によく見えるようになったそうだ。
「腕のシワと顔のシミにびっくりした。」
と言っている。^^ 急激に悪くなったと思っていたのだけれど少しずつ白内障は進んでいたのかもしれない。腕のシワも顔もシミもここ1年のことではないからね。
裸眼で両目とも0.4だそう。1月したらもう少し良く見えるかもしれないと看護師さんたちが言っていた。
右目と同じくらいの時間20分くらいで手術終了。帰ってきてからはひたすら寝るのが仕事。病院で術前に飲んだ薬に何かそういう成分が入っているのか全体的にぼんやりしていてトイレもご飯も言っていることもダメな感じになるのも先週同様。
もう少ししたら病院に行き眼帯を外してもらう。左も視力が出るといいなぁ。
目薬、薬、病院、ご飯、トイレ、目薬、薬、トイレ、ご飯、薬、目薬、トイレ、薬、目薬、トイレ
で1日終了した感じ^^ やはり私もぐったり。
心配していた台風の雨風はそれほど強くない。よかった。今から瞳孔が開く目薬を10分おきに点す。
もうどんな手順なのか分かっているので落ち着いている。台風10号で雨風がひどくないだろうかというのが気になるだけ。家人の白内障の術後は目が腫れ痛みもひどく眼圧も上がり病院に数時間留め置かれたことを考えると母は術後すぐ「はい、もう帰っていいですよー」と言われたので簡単な患者だったのだろうと経験値が語る^^
明日も右目と同様 9時に眼科へ。ともかく何事もありませんように。
英会話の予約をするのをすっかり忘れていた。マイケル先生は昨日と一昨日も連絡をくれていたのだけれど、私はスカイプすらあげていなかったので気付かなかったのだ。はぁ、本当どんどん忘れっぽくなってるなぁ。英会話は明日の朝にしよう。さて今日はまたこれから母の眼科検診。右目の確認だそう。火曜日には左目の手術なのだが台風は大丈夫だろうか。月曜日までに通りすぎて欲しいと勝手なことを思う。
秘密のケンミンショーで鶏飯が出て、家人が「作ってくれ」というので作ったらすごく気に入ったらしく3日連続シメに鶏飯を食べている。
*本物は青いパパイヤと煮た椎茸とタンカンが入るのだが突然言われても家にはないのであるのもので代用したら満足してくれた^^
目を保護するメガネも自分でかけられるようになった。新聞を読みたいというのでどうかな?と渡してみたら、「読める。読めるよ」と嬉しそうだった。このところつまらなそうにしていてあれこれ不満気でぐちぐちしていたのは新聞もテレビも見られなくなって落ち込みがちでふてくされていたのもあったかもしれない。目が見えなくなったというのを加齢での目のかすみとか思ってたので、何も分かってあげてなかったなぁと思う。右目だけの手術でこれだけ違うのだから左目も視力が戻ればもっと元気になるかも知れない。そうであってほしいな。去年同じ手術をした家人が言うには今でもあまりに景色がよく見えるのでびっくり感動することがあるのだそうだ。家人の場合見えない時期が長かったのでまたちょっと違うだろうが。
母の手術のため2日病院に行く以外は家に引きこもっていたのでその間ぼちぼちとFLASHのシーズン2を見ていた。FLASHはシーズン1の方が痛快で面白かったな。だんだん物語がシリアスになっていくし違う地球、違う時間軸の人が出てきたり。えーそんな解決法でいいの!?と納得できない^^
術後の診察で看護師さんにガーゼを外してもらったら「わぁ、文字が見える」とドラマの目の手術の後視力を取り戻した少女のように喜んでいた。よかった。帰り道の車の中から「あそこの看板にはXXって書いてある」といちいち看板を読んでくれた^^「左目も見えるようになったらもっと見えるようになるよ」と言ったら本当に嬉しそうだった。もっと早く気づいてあげればよかったが、もう自分にもあまりいろいろ望んでも無理だからやめようと思っているので終わり良ければすべて良しと思おう。
術後の目薬は1日3種類で10回もある。多少は上手く点せるようになったのだがまだまだ難しい。
母の介護認定結果が届いて要介護2ー>3になった。ここ半年でまた老いて弱って小さくなっているのを実感している。
母のテレビが突然映らなくなった。HDMIのケーブルを取り替えたり、映像ケーブルに変更したり、緩みがないかCATVからのケーブル、電源ケーブルをチェックしてもちゃんとつながっている。これは私ではわからないし、せっかくのオリンピックもクライマックスなのに見れないでは母がかわいそうと思いダメ元でCATV会社に電話してみると日曜日だけど丁寧なカスタマーサービスで、すぐに来てくれてケーブルの中の一部断線を見つけてくれて交換してくれてTV復活。その間1時間弱。素晴らしい。ありがとう助かりました!
冷凍たまごは去年くらいに知ってそれから卵が重複してしまった時に時々作ります。みたらし団子みたい^^
http://matome.naver.jp/odai/2141537621403689701
もう少ししたら母の白内障の手術の事前検査のため眼科へ行く。内科の検査も含め2時間くらいかかるそうだ。
検査報告。
私が思っているよりずっと母の白内障(特に右目はほとんど見えてないようだ)は悪くて濁りすぎて余病がないかチェックできないほどだった。何度も何度も測定しなおさなくてはならなくて母の気分がどんどん下降していくのが後ろで支える私にもダイレクトに伝わってきてもっと早く病院に連れてきてあげればよかったと後悔した。目だけは私なんかよりもずっとよく、ちょっと前までは私に代わって病院のポスターを読んでくれたり、ベッドでテレビを見たり新聞を読んだり難なくしていたのだ。これまで一度たりとも目薬をさしたことがないという母は看護師さんに瞳孔を開く目薬をさしてもらった時ぎゃーと悲鳴をあげて看護師さんにびっくりされていた。目薬が鼻や口に抜けてまずいことも初体験だったらしい。手術は月末だが無事終わって早く大好きな相撲や野球やスポーツをテレビで見る視力を取り戻して欲しい。リオオリンピックには間に合わなかったが。
病院は空いていたけれど母の検査は予想以上に時間以上かかり9時に行ったのに12時半頃に帰路に着いた。「やくみやさんに行きたい」というので久しぶりに二人でラーメンを食べた。美味しい美味しいと喜んでいたのでご褒美と成ってよかった?
私が食べたのは夏の塩ラーメン。美味しかった♪
今日は母の介護度認定で市役所から調査の方が見えるので会社をお休みにした。調査の方が来るのは午後2時半だったので、午前中に母の眼鏡を作りに行こうと計画していた。さらに眼鏡屋さんの近くには市役所があるのでついでに届いていた母の重度障害者医療費助成金受給者証の更新の書類も提出することにした。
早朝から目が覚めたので、涼しいうちに家の周りの雑草取りをし、母や家人の朝のお世話をした後は眼鏡屋さんがオープンするまでの時間の間某所より依頼のあったアプリを作成し始めた。そして眼鏡屋さんオープンの時間の30分前になったので予定通り眼鏡屋さんに行く前に市役所に書類を提出し、眼鏡屋さんで母の視力を測ってもらうと母の車椅子の移乗をも手伝ってくれた感じの良い係の方が「お母さま両方の目の視力がほとんど出てませんね。このままの状態に合わせて眼鏡をお作りすることもできますが、眼科に行かれて調べてもらった方がよろしいかも…何か病気かもしれませんし。」と優しい笑顔で教えてくれた。私も母の急激な視力の低下に「視界霞んでない、白くもやってない?」と聞いていたのだが、母は「白くなってない。ただ遠くのものがよく見えなくなっただけ。」というのでただの老化による近視が酷くなったのかもと思って眼鏡屋さんに直行したのだが、そこまで見えてないと思っていなかったのでこれは確かに眼科に行った方が良いだろうとその足で家人が白内障の手術をした隣町の眼科へ向かった。近所にも眼科はあるがこの眼科の良いところはバリアフリーであることもさることながらあまり混んでいないことだ。(近所の眼科は3時間待ちくらいだから)だからといって腕が悪いわけではないらしく家人が言うには「先生が怖い。その上無愛想。」という理由らしい。ともかくそんなわけですぐ診察してもらえて「白内障ですね。もうだいぶ見えないから手術どうします?いつします?」(確かに先生はそんな感じだけど看護婦さんたちはとても感じが良いのだ)となり、トントントンと月末に片目ずつ手術することになった。
お昼には家に戻れたので母に昼食を食べもらい、その間私は午前中に作りかけのアプリをさらに作り2時半になるとぴったり時間通り介護調査の方が来られた。前回は2年前だった。母に質問したり、体の状態をチェックしたり、1時間弱くらいで調査は終了。認定はどう出るだろうか。その後母は疲れたのか(そりゃそーだ)お昼寝してしまったのでその間にまたアプリの続きをし、5時になって今度は訪問鍼灸マッサージの先生が来てくれたので母を起こしてマッサージをしてもらう。そして夕飯の準備を始め、合間にできたアプリのソースを依頼元に送り軽くメールを書いて、ついでにこれも書いている。
お休みだからと色々詰め込みすぎた。(汗)
#草取り #アプリ作成 #市役所 #眼鏡屋 #眼科 #白内障 #手術 #介護調査 #訪問マッサージ
とタグが打てそうだ。^^
金曜日は話題のPokemon GoをDLしたもののゲームに慣れていないしモンスターの種類も分からないので若い人たちの話をなるほどなるほどと聞いて勉強した^^ ポケモンドストライク世代の同僚はモンスターを見ただけで「あ、それXXXXですね」と分かるようだ。会社の隣に観光スポットがあるのでそこで誰かが課金アイテムのルアーというものを使ったようで会社の中で桜舞うところをタップして何匹かのモンスターがゲットできそれでもう満足した私である。そして家に帰ってそのことはすっかり忘れ夕飯の支度をしていたら家人が「モンスターがいない!」と帰ってきた。昨日まで一言もお互いPokemon Goの話をしていなかったのにまさかの夫婦でDLしたのか・・・・恐るべしPokemon Go効果….。
今日は朝姉と産直に行った以外1日家に引きこもり、FLASHを見たり昼寝をしたりしていたのでモンスターは増えず。このまま私のPokemon Goが終わりそうな予感がする。ちなみにレベルは4でジムとかなんとかでは何もできないのでせめて5まではやったほうがいいのだろうか。
お昼寝から目が覚めたら夕暮れが綺麗なので窓からパチリ。
母の介護認定のための主治医受診のため病院へ行った。あまり待たされることもなく良かった。銀行や郵便局へ行って所用を済ませた後、蒸し暑いので今年初のスイカを買いに行った。スイカは母の好物なのだがこのところお腹の調子が悪いので食べたくないというので買わなかったのだが出してみたらぺろっと大きめの一片を食べていた。私よりもずっと視力が良かった母だが、ここ数ヶ月で足元も見えなくなってきたそうだ。それでさらに歩くのがおぼつかなくなっている。目は1mほど先の時計の文字盤も読めないという。ここ1月蓋つきの食欲減退と関係あるだろうか?白く濁っている?と聞くとそれはないそうだから白内障ではなだろう。メガネを作ろうか?と聞いても自分では麻痺で左手が使えないから自分で好きな時にかけたり外したりできないからいらないという。以前なら使わなくてもメガネを作りに行くところだけれど、母がいらないというならそれでいいかとなった。母の居室のテレビを少し前にしてテレビを快適に見られるように、それから新しく小さなキャスターつきの小物置き台を買ってそこに時計と温度計を移して時間がすぐわかるようにした。母の部屋には私が外出した時に見えるカメラを置いているのだけれど(大きく動きがあると通知してくれる。声も拾える)それが壊れたので新しいのを買ったらそれには温度もお知らせしてくれる機能が付いていた。時々エアコンを止めて締め切った暑い部屋に長時間いることがあるので大歓迎の新機能だと思った。
母のあれこれをするので仕事はおやすみだったので頂いた野菜で作り置き。
枝豆ガーリック、胡瓜の酢漬け、プチトマトの出汁付け
従兄弟の結婚式のため岐阜へ。せっかくだから鵜飼を見たいという家人の希望があったので前日に岐阜に行って鵜飼を見て泊まろうということになった。その間可哀想だけど母はショートステイにお願いすることにした。本当はその間母を姉に頼みたいところだけれど去年義理父の葬儀で家を離れなければならない時相談したケアマネさんが言うには介護に慣れないご兄弟ご姉妹などに預けると慣れない家、慣れない家族で転倒事故などが起きやすいと言われたので今回もやはりプロにお願いすることにした。13年の介護で二度目の外泊だ。しかも今度は前回とは違い遊びに行く目的もあるので母には申し訳ない罪悪感でいっぱいだった。ごめん。母よ。でもここ1月母との周波が合わず私はずっとイライラしていた。正直母を恨むことも多々あったので少し離れたいと正直思っていた。従兄弟の結婚式で久しぶりに会う義母は母と同じ年でまだまだ元気で美しくなんでもシャキシャキとこなし最初は羨ましく思ったけれど、そのうち小さくしぼんで白髪だらけの母を思い切なくなった。今日からまた心を入れ替えて母に優しくしよう。(と思ってはいるけれどどうだろうか・・・)
鵜飼は家人の希望だったけれど、夏の川の舟は涼しいいい風とともゆるゆると進み気持ち良く、鵜飼も松明が川面に映り火の粉が飛び、鵜の羽音や声水音などが響き迫力満点で楽しい思いがけず2時間だった。実は全然期待していなかった。宿泊したのは十八楼という長良川沿いにある旅館でネットの口コミで高評価だったので予約したのだけれどこちらも料理もお風呂もサービスも良く楽しむことができた。ご褒美と言うと気恥ずかしいがご褒美をもらった楽しい2日間だった。
止まったお部屋。長良川がいい感じでした。
結婚式が午後からだったので、午前中は近くの岐阜城へ。
イギリスはてっきりEU残留だと思っていたので、今日のニュースには驚いた。イギリスには遠い昔新婚旅行でロンドンに行ったのみである。でもhuluでBBCのドラマをたくさん見ていることもあり、なんとなく経済がうまくいかなくなりそのせいでいいドラマが製作中止になったりしたら嫌だなーという自分の欲のみでぼんやりそう思ったりしている。特にシャーロックは本当に面白いのでドクターフーのように長寿でやって欲しいと思っているし、BBC製作のドラマといえばダウントンアビーも面白いし、トンネルも良かったなぁ。ユートピアはすごかったし。…っと。。
あ、でもこの離脱を種にまた新たなドラマも作られそうな気もするか。^^
*写真は同じくBBCシャーロックファンの友達が貸してくれたピンク色の研究の漫画本。
昨日職場で「しいたけのたこ焼」というのが話題になった。たこの代わりにしいたけを入れるというものだ。食感がタコと同じだというので干ししいたけを戻して甘く煮てそれをタコの代わりに投入。すると本当に言われなければタコだと思ってしまう。なかなか面白い
あまり雨がひどい時には行きたくないなぁと思いダメ元で病院に相談の電話したら、どうぞどうぞ雨がひどくない時にいらしてくださいね。と優しく言ってもらえたので予約の時間よりも1時間半も早く出発した。雨避けできる駐車場がない病院なので車椅子も母も多少濡れてしまったけれど大粒の雨の時間は避けられて良かった。
帰ってきてからたっぷり時間があったので母のベッドサイドに置く小さいワゴンを組み立てた。通販で注文して届いていたのだけれどなんとなく放置してあったのだ。ここ1,2週間家の中で杖を使っても何度か歩けなくなって、同じところに何分も立って一歩が踏み出せないでいることがあって、いよいよ家の中の短い数歩の歩行も危ない感じなので私が不在の時はベッドの周りで全てが出来るように準備しているのだがどうなのだろう。「あなたが仕事でいない時はお母さんを一人で置いているの?」と脳外科のドクタに尋ねられて「週3日は私が仕事に出ている間一人で家にいます。」と答えたら「そう。。。」という返答だった。きっとダメ出しの「そう」なのだろうけれど、その後の「。。。」はでもそれも仕方ないかなの領域かな? きっと後々後悔することがたくさんある母との生活だけど、それでも続けてやれると思っているところまではやるけれど、このバランスは無理だということまではもうできない。ごめん。母よ。
母の脳外科検診日。大雨注意報が出てるけど、仕事もお休みを取ったので行くしかないか。
ここ数日母との関係が悪くて、優しくなれない。特に何かがあったわけではなくてただただ私自身の問題なんだけど、自分でもどうにもならなくて嫌になる。何か思っても一旦それを口にしてしまうと呪いのようにそれが固定されてしまうから言わないようにしているけれどそうするとそれが塵のように降り積もってどこかに詰まって苦しくなってしまうような感じなのだろうか?というようないつもの分析をして「なんてことなさ」と逃げようと思っているのがこれがうまくいかない時がある。解決策はないので時が経って私の何かが変わる(落ち着く)のを待つしかない。でも心の中は大雨注意報だ。時々疲れて母の汚れ物などを片付けている時に「はぁ」という態度になると母はそれを敏感に察知してものすごく不機嫌になる。きっと「もう世話をしてもらえないかも」という不安が母を襲っているに違いない。天下の宝刀「今日まで一度も言わなかったが、私は女で一つで苦労してあんた達を育ててきたのに(その態度は)なんなんだ。」と言い出す。母の中では一度も放ったことはないようだが、こちらは今日まで10回以上は聞いているのだがと思うがそれを言ったらまたさらに不機嫌になるので口には出さない。そう言った類の事だ。体が疲れてない時は心も凹まないことも分かっているから、こうして凹んでいるということは今私の体力は不足なんだろうな。ともかくせっかく半世紀も生きてるんだから知恵を振り絞って今回もやり過ごそう。(乗り越えようとは思わないしできない。)